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札幌地方裁判所 昭和55年(ワ)5046号 判決

原告

三戸愛子

被告

高橋喜八郎

主文

一  被告は原告に対し、金一五六万四六五三円及び内金一四六万四六五三円に対する昭和五二年一〇月四日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は、

1  被告は原告に対し、金四七二万円及び内金四三二万円に対する昭和五二年一〇月四日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因として別紙(一)の通り述べ、立証として、甲第一号証ないし同第六号証、同第七号証の一ないし六、同第八号証、同第九号証及び同第一〇号証の各一ないし四、同第一一号証、同第一二号証、同第一三号証の一ないし五、同第一四号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、「乙号各証の成立は全部認める。」と付陳した。

被告訴訟代理人は、

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、請求の原因に対する認否として別紙(二)の通り述べ、立証として、乙第一号証ないし同第四号証を提出し、証人大和田修の証言を援用し、「甲第一号証ないし同第四号証、同第七号証の一ないし六、同第一一号証、同第一二号証、同第一四号証の成立(同第一号証ないし同第四号証、同第一一号証及び同第一二号証については原本の存在とも)は認める。その余の甲号各証の成立は不知。」と付陳した。

理由

一  原本の存在及び成立にいずれも争いのない甲第一号証ないし同第四号証並びに同第一一号証及び同第一四号証、弁論の全趣旨によつて成立を認めるべき同第五号証、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる同第六号証、成立にいずれも争いのない同第七号証の三・五・六及び乙第一号証、証人大和田修の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、以下の通りの一連の事実を認めることができる。

1  原告は昭和五二年一〇月四日、午後一一時三〇分頃、東京都新宿区西新宿一丁目二四番地先交差点において、青信号に従つて道路を横断中、被告運転の加害車両(普通乗用自動車、練馬五五い九五三二)が右後方から原告腰部に衝突したため、原告はその場に転倒して胸を打つた。

2  原告は右同日、東京医科大学病院で診察を受けたところ、左第一肋骨骨折、左膝打撲の診断を受け、同月六日まで三日間通院して湿布・消炎鎮痛剤投与の治療を受けた。

3  原告は札幌に戻つた後、同月一二日から同月二五日までの間に三回幌南病院へ通院した。同病院担当医師は左側胸部挫傷、腰部挫傷等と診断し、一週間毎の通院を指示して鎮痛剤、湿布薬等を投与した。

4  原告は胸部痛及び右足痛から回復しないことで幌南病院の治療に満足せず、同年一一月二二日から札幌医大付属病院に通院した。同病院の担当医師はレントゲン写真上原告の胸部に骨折は見られないが、胸部に痛みがあることから胸部打撲と診断し、湿布と投薬を行なつた。翌昭和五三年一月六日までに原告は同病院に六回通院したが、この時担当医師は、原告は引き続き痛みを訴えてはいるものの、事故後三箇月を経ていること及び格別の他覚的所見もないことから、この後は痛みがあつても仕事に就いて差し支えないし、後遺症の設定をする程でもないと判断してこの段階で治癒の認定をした。しかし原告はその後同年九月までに更に三回同病院に通院した。

5  原告は同年一月から同年一〇月まで週一回ないし三回の割合で指圧師の許へ通つてマツサージ治療を受けた。この間原告は胸部痛がおさまつていたが、マツサージをやめてから胸部痛が再現し、同年一二月から翌昭和五四年初め頃まで陣野原医院に通院した。同医院の医師は電気マツサージ、湿布等の治療を施した。

6  原告はかねて札幌市内でスナツク「みと」を経営していたが、本件事故によつて働けなくなつたために已むなくこれを手離し、本件事故以後は本件訴訟費用を捻出するため一時アルバイト的な仕事をしたことはあるが、きまつた仕事には就いていない。昭和五四年の春以降はどこの医師にもかかつていないが、自ら湿布薬をして寝ていることが多く、現在でも胸部の圧痛のために右を下にして横になることはできないでいる。

右の通りの事実を認定することができ、これを左右するに足りる証拠は存しない。右1の事実によれば、原告の傷害は原告と被告運転の加害車両が衝突した本件事故に起因するものであることが明らかである。

また加害車両が所謂個人タクシーであることは当事者間に争いがないことから、被告は個人タクシー運転手として加害車両を自己のため運行の用に供していたものと推認することができ、従つて被告は自動車損害賠償保障法第三条の規定により原告が本件事故によつて被つた損害を賠償しなければならない。

二  進んで原告が本件事故によつて被つた損害について検討する。

1  前記甲第七号証の五・六及び成立に争いのない乙第二号証によれば、原告は札幌医大付属病院に治療費として合計二万八四六一円の支出を要したことが認められる。

2  原告本人尋問の結果によつていずれも成立の認められる甲第九号証の一ないし四及び同第一〇号証の一ないし五によれば、原告はマツサージ費用として合計五四万円を支出したことが認められる。証人大和田修の証言によれば、札幌医大付属病院で原告の主治医であつた同人は原告の症状にマツサージが良いという指示はしていないというのであるが、前述(一、5)の通り、原告は右マツサージによつてその期間中本件事故に起因する胸部痛を免れていたのであるから、これに要した費用は被告に負担させるのが相当である。

3  原告本人尋問の結果及びこれによつていずれも成立の認められる甲第一三号証の一ないし五によれば、原告は昭和五三年中に湿布薬等に合計一万九〇〇〇円を支出したことが認められる。

4  原告の傷害、通院の期間・態様に対する慰藉料としては、後述する通り昭和五三年末までこれを考慮すべきものであるところ、通院期間に比して通院回数が僅少であつたこと等も勘案して、金三〇万円をもつて相当と認める。

5  原告本人尋問の結果によつて成立を認めるべき甲第八号証によれば、原告は昭和五一年において少なくとも八四万円余(一月当り約七万円)の収入を得たことが認められる。他方原告本人は、当時スナツク「みと」の経営によつて毎月二五万円ないし三〇万円の収入があつたと供述するが、これだけでは原告の当時の月収が二五万円であつたと認定するに足りない。しかしながら原告の昭和五二年における現実の平均的月収が僅々七万円であつたとも考えられず、また前述の通り原告は、その時期は明らかではないものの、本件事故による傷害のために右スナツクを手離してその経営から退いているのであるから、結局原告の休業損害を計算するにはこれらの数字によらず、賃金センサスの女子平均給与額を用いるのが相当であろう。而して昭和五二年度賃金センサスによれば、三五歳ないし三九歳の女子労働者平均給与(産業計・企業規模計・学歴計)は年額一五二万一五〇〇円(一日当り四一六八円)である。

ところで原告が昭和五三年一月六日に札幌医大付属病院において担当医から治癒の認定を受けたことは既に述べたが、これは原告の傷害の内容が胸部打撲であつたことを前提とするものであるところ、前記甲第二号証及び同第一四号証にある通り、本件事故直後においては原告は東京医大病院において左第七肋骨骨折の診断を受けているのであつて、これと対比してみると胸部打撲として昭和五三年一月六日に治癒とした前記診断を無条件では採用し難く、また原告が現に昭和五三年一杯は専ら治癒と休養に専念せざるを得なかつた事情に照らし、昭和五三年一二月末日までは原告の休業は本件事故と相当因果関係を有するものと認める。しかしながら昭和五四年以降の分については骨折を前提としても本件事故から一年三箇月を経過していることからこの段階における胸部痛はもはや心因性のものではないかとも疑われ、賠償の対象になるものとは考えられない。

而して原告が本件事故によつて喪失した昭和五二年の収入は一日当り四一六八円とみるべきことは前述の通りであるから、本件事故の日である昭和五二年一〇月四日から昭和五三年一二月末日までの四五四日間の休業損害は一八九万二二七二円となる。

6  本件記録によれば、原告は本件訴訟の提起・追行を弁護士新川晴美に委任したこと、同弁護士は昭和五五年一二月八日に辞任したことが明らかであり、また原告本人尋問の結果によれば、原告は同弁護士に委任する際、着手金として金一〇万円及び経費として七万五〇〇〇円を支払つたことが認められるが、原告が現に支払つた右金員のうち一〇万円をもつて本件事故と相当因果関係を有する原告の損害と認める。

7  被告は、これまで原告に対して八二万九〇八〇円を支払つたと主張するところ、原告本人の供述によれば、被告から七万円、保険会社から八〇万円余を受領しているというのであるから、被告の主張する損害の填補を全額認める。

8  結局本項1ないし6を総合(1ないし5の金額の和から6の金額を減じたもの)すると、その合計は一五六万四六五三円となる。

三  以上の事実及び判断によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、未払損害金合計一五六万四六五三円及び弁護士費用を除いた内金一四六万四六五三円について本件事故の日である昭和五二年一〇月四日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。

(裁判官 西野喜一)

別紙(一) 請求の原因

一 本件事故の発生

原告は、昭和五二年一〇月四日午後一一時三〇分ころ、東京都新宿区西新宿一丁目二四番地先道路交差点において、信号青となつたので横断歩道を横断中、進行右手前を右折して来た被告運転の普通乗用自動車(個人タクシー)にはねられ、左肋骨骨折、左膝および胸部を打撲する傷害を負つた。

二 事故の発生原因

被告は、照明も十分であり、原告が信号青で横断していたにもかかわらず、原告よりも早く右折しようとして、一時停止せずに進行したために生じたものであり、被告の一方的過失に基づくものとして、自賠法三条および民法七〇九条による損害賠償責任がある。

三 原告の損害

(一) 原告は、本件事故により、東京医科大学病院、札幌医科大学附属病院、幌南病院等で治療を余儀なくされたが、その期間における原告負担の治療費、慰藉料関係の損害は、別紙損害計算表のとおりである。

なお、原告の腰部打撲は完治せず、現在も治療継続中である。

(二) 原告は、本件受傷前、札幌市内でスナツク「みと」を経営していたが、本件受傷によつて休業となり、その後、体調回復しないため同店を処分するに至つた。右受傷から現在に至るまでの休業損害は、別紙損害計算書のとおりである。

(三) 本件事故により、原告は、自賠責保険(朝日火災海上保険株式会社)から金七九万七八〇〇円の保険金を受領した以外被告は何らの損害賠償をしないので、やむなく、本件事件について弁護士新川晴美に依頼することとなり、その報酬として損害額の一割(金四〇万円)を支払う旨約した。

よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の支払い(一部請求)を求め、本訴に及ぶ。

別紙(二)

一 請求原因第一項中、普通乗用車に「はねられ」との点は否認、傷害の各部位は不知、その余は認める。

原告は本件加害車両との衝突を避けようとして転んだに過ぎない。

二 同第二項は争う。

三 同第三項中(一)及び(二)は不知、同(三)中原告代理人に委任したことは認めるが、その余は争う。

被告は原告に対し、本件事故に関して金八二万九〇八〇円を支払つた。なお自賠責保険金はこれまで全く支払われていない。

損害計算表

1 診療期間、病院等

〈省略〉

2 診療費自己負担分 600,250円

(1) 札医大関係 41,250円

(2) 安丸治療院関係 540,000円

(3) 薬品購入関係 19,000円

合計 600,250円

3 通院慰藉料 2,000,000円

4 休業損害 2,519,244円

841,940円(昭和51年1月1日~昭和51年12月31日の実績純利益)÷365日=2,307円

休業日数1,092日(昭和52年10月4日~昭和55年8月31日)×2,307円=2,519,244円

以上合計 5,119,494円

5 保険金支払受領分控除

5,119,494円-797,800円=4,321,694円

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